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年寄の墓(吉田家)
塩飽人名の年寄吉田彦右衛門の墓で、寛永四年(1627)に建立された。高さ3.4mの位牌形・花崗岩製で、下部に相対する狛犬、台石には花瓶、蓮華、鶴亀の蝋燭立てを刻んでいる。彦右衛門貞久夫妻の逆修塔として子の彦右衛門家長が建てたもので、吉田家は代々彦右衛門を名乗り、宮本三家と並び長く塩飽諸島を治める年寄役を務めた。
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塩飽人名の年寄吉田彦右衛門の墓で、寛永四年(1627)に建立された。高さ3.4mの位牌形・花崗岩製で、下部に相対する狛犬、台石には花瓶、蓮華、鶴亀の蝋燭立てを刻んでいる。彦右衛門貞久夫妻の逆修塔として子の彦右衛門家長が建てたもので、吉田家は代々彦右衛門を名乗り、宮本三家と並び長く塩飽諸島を治める年寄役を務めた。